KIZASHIの人生
はじめまして。
KIZASHI(きざし)です。
気づけば、人生のほとんどを
「立て直すこと」に使ってきました。
何かを失っては、またやり直して。
立ち上がっては、また転んで。
そんなことを繰り返していたら、
45年という時間が過ぎていました。
今は夫婦で開業して、
noteやXで発信しています。
でも、ここまで来るまで、
本当にいろんなことがありました。
自分の人生は、普通じゃなかった
自衛隊
病院勤務
警察犬訓練所
大手建設業
建設コンサルタント
そして、難治性てんかん。
障害者手帳1級。
生活保護。
就労支援。
離婚。
こうやって並べると、
本当にいろんな人生を通ってきたなと思います。
正直、何回人生をやり直したか分かりません。
そう思って進んでは、崩れる。
その繰り返しでした。
でも、だからこそ、
今苦しんでいる人の気持ちは
少し分かる気がしています。
本当は、警察官になりたかった
中学生の頃、
本当は警察官になりたかったんです。
特に、刑事になりたかった。
困っている人を助けたい。
弱い人を守りたい。
そんな気持ちが強かった。
昔から、いじめられている人を見ると、
放っておけない性格でした。
でも、親に反対されました。
「家族が恨まれる」
そう言われました。
当時は、親の言葉が強かった時代です。
自分の人生なのに、
自分だけでは決められなかった。
かなり悔しかったです。
夢を、挑戦する前に諦めるしかなかった。
今でも、少しその悔しさは残っています。
自衛隊に入った理由
その後、親に勧められて、
自衛隊に入りました。
そう言われました。
でも、自分の中では、
そう思っていました。
だから、
自衛隊でも頑張ろうと思ったんです。
レンジャー部隊にも憧れていました。
訓練は厳しかったですが、
嫌ではありませんでした。
むしろ、自分には合っていました。
でも、ある日、上司に聞いたんです。
すると返ってきた言葉が、
でした。
その瞬間、
頭の中が真っ白になりました。
今思えば、
その言葉だけで人生を決める必要はなかった。
でも、当時の自分は若かった。
0か100でしか考えられなかった。
引き止めてくれる上司もいました。
同期もいました。
唯一のバディもいました。
それでも、自分は辞めました。
プライドが邪魔をしました。
素直になれませんでした。
今でも、
後悔がないと言えば嘘になります。
東京での病院勤務とうまくいかなかった現実
その後、東京の病院で、
看護助手として働きました。
でも、初めての一人暮らしでした。
東京も初めて。
仕事も慣れない。
全部が重なりました。
古いアパートで、
物音も気になって、なかなか眠れなかった。
仕事も、うまくできませんでした。
看護学校も受けました。
でも、落ちました。
悔しかった。
本当に悔しかった。
実家に帰った時は、
そんな気持ちでした。
警察犬訓練所で指を失った
その後、警察犬訓練所で働き始めました。
犬が好きだった。
そして、警察への気持ちも、
まだどこかに残っていました。
でも、そこで事故を起こしました。
犬の餌を作る機械で、
左手「人差し指の第一関節」を切断しました。
あの瞬間は、今でも忘れられません。
叫びました。
人生で、
あんな声を出したことはなかったと思います。
次の日、目が覚めて、手を見た時、
そう思いました。
涙が出ました。
本当に、人生が終わったと思いました。

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